ふわもこメモ

健康に関するライフハックをご紹介

生きづらい病の正体

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64.5%の人が「生きづらい」。多くは他人との比較化が要因

新元号「令和」の時代を迎え、3年には東京オ「リンピックを控える日本。そんな華やかなトピックに賑わう一方、今年国連が発表した世界幸福度ランキングはG7最下位の5位と低く、「幸せ」を感じている日本人は少ない。その根底にあるのは「生きづらさ」の蔓延だ。30~55歳までの男女2000人を対象にしたアンケートでも「生きづらいと感じている」と回答した人は実に64.5%にも上った。そして、その理由をひも解くと、1位「対人関係をうまく築けない」(47.33%)が約半数を占め、「現在の環境になじめない」「人より劣っていると感じる」と続く。

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「生きづらさとは、往々にして人との比較による劣等感や、現実が自分の理想とかけ離れていることによる自己肯定感の低下から生まれるものです」インターネットの普及で情報が必要以上に入ってくる現代社会。特にSNSの進化で他者と比較を強いられ、他人の自己肯定感を押し付けられる。そのため、承認欲求競争に敗北した人たちは社会のなかで生きづらさを感じることとなる。「一方で、生きづらさは気質や脳機能障害によるところが多いということが研究でわかってきました。最近ですと『人並みにできない』発達障害の認知が進んでいますが、繊細すぎる感性を持つ「HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)』という気質も生きづらさの理由として注目を集めています。全人口の5人に1人はHSPだといわれ、場の空気や人の感情を鋭敏に読みすぎて対人関係がうまくいかなかったり、職場の環境になじめなかったりして生きづらさを感じるのは、HSPが原因のケースも少なくありません」
HSPや発達障害など、人が抱える「生きづらさ」の要因はさまざま。だが、その根本的な理由がわかれば、人は救われる。「発達障害が世の中に広く認知されて、生きづらさの原因が生まれつきの脳にあるとわかった途端、楽になった人は多くいました。生きづらさの根源が自身の気質や障害であることがわかれば、うまく折り合いをつけられるし、生きづらさを解消することにも繋がるでしょう」誠実性と協調性を尊ぶ傾向が強く、人に愛されたい、必要とされたい、認められたいという承認欲求が高いことが科学的にも証明されている日本人。もはや国民病となった「生きづらい病」の正体と向き合うことは急務なのである。

繊細すぎる人々

相手からメールの返信が1時間ないだけで『失礼なことを言って怒らせたかな』『不具合で届いてないかも』とあたふた考え込んでしまう。『本当は話しかけられたくないのでは』と相手に気を使いすぎて人とスムーズにコミュニケーションが取れない。その影響で学生時代から周りと円滑な関係も作れず、「俺はとことんダメ人間だな~」と思いながら生きてきました」幼い頃から生きづらさを感じながら生きてきたがHSPについて知ったのは2年前のこと。書店で偶然手に取った本をめくるうち、すぐに「自分のことが書かれている!」と衝撃を受けたという。「繊細すぎる」「敏感すぎる」とも評されるHSPとは、どのようなものか。「簡単に言うと、感覚から得た情報を処理する神経が敏感な人を指す言葉です。HSPの人は神経の敏感さゆえにちょっとした刺激に強く反応したり、感情が高ぶりやすかったり、ストレスを感じやすいなどの特徴があります。現在は脳科学の分野で研究が続けられ、「HSPの人は非HSPに比べて他者への共感力を司るミラーニューロンという脳神経が活発だということも研究でわかっています。他人の感情に敏感で、良くも悪くも影響を受けてしまうのはこのためです」(前出・みさき氏)川村さんはこれまで3度の転職を経験。今では「それもHSPの影響だった」と自己分析している。「周りの雑音で集中力がすぐに途切れてデスクワークが続けられなかったり、満員電車がしんどかったり、顧客と社内の板挟みでストレスを強く感じる場面が多々あり、毎回逃げるように会社を辞めてきました。ほかにも上司が同僚を怒鳴りつけていると、どちらにも感情移入してしまい、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまうんです。だからギスギスした職場は、僕にとって地獄も同然でした」
会社勤めのストレスから解放されたい一心で個人で活動できるファイナンシャルプランナーの資格を取得。現在は自分のペースでこなせるだけの仕事を受注し、心が乱されないよう細心の注意を図りながら働いているという。「何事も深く考え込む特性があるために「仕事が遅い』となじられたり、相手の発言にとっさに反論できず一方的に責められてしまうといった当事者の声もよく聞きます。また対人関係においても、共感力の高さゆえに人と一緒にいると相手に合わせようとしすぎてグッタリと疲れてしまう、他人が体調不良を訴えているとつられて自分も気分が悪くなってしまうという人も多いです」
ただし、HSPは病気や障害ではなく、あくまでも個人の気質。みさき氏もカウンセリングを受けに来る人にはまずHSPの特性を理解し、それが自分の個性だと認めてもらうことから始めるという。「そのうえで、特性を生かせる生き方や働き方を考えていくことが、生きづらさを解消する第一歩となります」(みさき氏)まずは自身を悩ます「生きづらさの正体」を知ることがなによりも重要なのだ。

強い光、匂い、音......外的刺激にもとても敏感

「子供の頃、一緒に車に乗っていた母親の化粧の匂いで気持ち悪くなって、しょっちゅう嘔吐していました。今でも他人の香水や柔軟剤などの匂いがきつい場所は苦手ですね。大人になるまで親と一緒に暮らすのでさえイレギュラーな刺激が多すぎて苦痛でした」
五感が敏感で、匂いや音などの刺激を必要以上に感じやすいのもHSPの特徴のひとつだ。「いろいろな匂いが混ざり合った満員電車に乗ると、呼吸ができなくなるほど苦しくなります。そのため外出する際は常にマスクが必須。大きな音も苦手なので、音楽を流さないままイヤホンをつけて音を遮断したり、強い光に刺激を受けないようサングラスを常備したりしています。渋谷や新宿など刺激に溢れた繁華街には極力足を踏み入れないよう生活しています」通勤ラッシュを避けるため定時より1時間早く出社。職場でも周囲のノイズが気になったらトイレに逃げ込む。大勢での飲み会も苦手なので、極力参加しないよう同僚ともビジネスライクな交流しか持たない。そうやって自分のコントロールできない刺激を可能な限り避けるよう注意することでなんとか折り合いをつけているという。現在恋人はいるものの、今後の人生については悩みが尽きないという。「優しく育ててくれた親が発する音や匂いでさえストレスに感じていたほどですから、よほど相手にHSPについて理解してもらわないと共同生活は難しいだろうなと。時間はかかるかもしれないけど、話し合ってお互いの妥協点を探っていけたらと思っています」

人並みに仕事ができない・・・線引が難しい生きづらさ

気質であるHSPとは異なり、生まれ持っての脳の発達のアンバランスさ"によって生じる発達障害。世間での認知度が高まったことで自分の生きづらさの正体が判明した人が増えた一方、いまだ苦しみを抱えたままの人が多いのも実情だ。「そもそも発達障害とは生まれつきの脳の特性。コミュニケーション能力に難があり特定分野へのこだわりが強い「自閉症スペクトラム障害(ASD)』、不注意が多く多動・衝動性の強い「注意欠陥・多動性障害(ADHD)』、読み書きや計算能力に難がある「学習障害(LD)』の3つが発達障害の代表例として挙げられます。ASDは100人に1人、ADHDが10人に1人といわれていますが、そうした傾向を持つグレーゾーンの人を含めるとそれよりはるかに多い。しかも、グレーゾーンの人には『自分が"普通"に近い』という認識や葛藤があるぶん生活に支障が起きやすく、生きづらさを抱える傾向があるように思います」
そもそも発達障害の診断は、国際的な診断基準マニュアルにのっとり医師から下されるものだ。しかし障害の濃淡や範囲は千差万別で医師にも線引きは非常に難しく、生きづらさから抜け出せない人は多い。都内のビル清掃会社で働く自根和明さん(仮名・3歳)も発達障害のグレーゾーンとして生きづらさを抱える一人だ。

「診断が出た人が羨ましい」グレーゾーンの葛藤

「学生時代、クラスメートが盛り上がっている理由や教師に怒られている意味がわからずに『変なヤツ』扱いされることはありました。でも、勉強もできたし劣等感を覚えたことはありませんでした。『俺っておかしいのかな』と自覚したのは大学時代のバイト経験。矢継ぎ早に飛んでくる店長の指示に臨機応変に対応できなかったり、客に「少々お待ちください』と伝えたきり忘れてしまい店の前で30分待たせてクレームが入ったりと、どれもうまくこなせずバイトを3回立て続けにクビになったんです」
「子供の頃は大目に見られていた発達障害の傾向が大人になって露呈し発覚するケースは少なくない」と話す。それでも白根さんは大学卒業後、アパレルメーカーに入社。だが、入社早々に取引先とのトラブルを頻発させ、1年で退社。結局どの仕事も3年と続かず、2年前から清掃の仕事に就いている。「清掃の仕事は苦手な人付き合いもないし、やることが毎日決められているのでなんとかこなせています。発達障害についてテレビで知ったのは3年前。「これだ」と思い病院へ行くも、医師からは「ASDの傾向はあるけど、あなたは健常者の範疇です」と言われるのみ。結局すべてお前の努力が足りないだけだと社会から無能の烙印を押されたようで絶望したのを覚えています。診断が下りることがすべてじゃないとは頭ではわかっているけど、周囲から『ただの無能』扱いされるのはもう苦しい。正直、診断が下りている人が羨ましいなと思ってますね......」
診断が下りれば、精神障害者保健福祉手帳が取得でき、就労支援を受けられるほか、税金や公共料金の割引も適用される。しかし白根さんの場合、そうした外的な補助よりも自身が直面する生きづらさの正体"を目に見える形で欲しているようだ。

グレーゾーンだったものの障害者としての道を選択

一方で複数の精神科を受診することで発達障害の診断が下りたケースもある。村石拓郎さん(仮名・0歳)が昨年ADHDの診断を受けたのは、3つ目に通ったクリニックでのことだった。「僕は昔から遅刻癖が直らなかったんです。目覚ましを毎日6つセットしていましたが、それでも間に合わず遅刻する。遅刻に限らず時間の管理が苦手で、順序立てて仕事を遂行しようとすると、どこかでボロが出ていました。好きだった音楽業界に就職できたものの、配属先はよりによってアーティストのマネジメント業務を担当する部署。出演のダブルブッキング、イベント会場の押さえ忘れなどをやらかし、わずか2か月で仕事を破綻させてしまいました」
その後内勤の部署に異動するも、多動性も強く机にじっとしていられなかった村石さん。何度も席を立つ姿を同僚から白い目で見られ、職場では孤立を余儀なくされた。「自覚はあるけど、衝動が押さえられない。でも自覚があるぶん罪悪感も感じていたので成果を上げようともがいたんですが、空回りして失敗するばかり。劣等感だけが膨れ上がり、自殺を考えてしまうときもありました」
結果、村石さんはうつを発症。休職するのも忍びないと感じ、みずから退職を申し出た。治療のために通った精神科でADHDの傾向を指摘されたものの、診断が下りるレベルではなかったという。「診断が下りないことには今後どこへ行っても同じことの繰り返しだろうと、半ば意地になってほかの精神科も受診。3つ目の病院でADHDの診断が下り、職業訓練を受けた後に障害者雇用枠で現在の食品加工工場に再就職しました」_ADHD用の投薬治療を続けながら一般雇用で再就職する方法も考えたというが、「発達障害でない社員と同等の成果を求められても応えられる自信がもうない」と現在の道を選んだという。「ADHD用の薬の効果もあり、現在の職場では一般雇用の社員とともに働きながら働きぶりが認められ、4月には部門をひとつ任せてもらえるようになりました。今では発達障害の診断が出たことに「ホッとする気持ちしかありません」「生きづらさの原因がわかれば、その対策もおのずと見えてくる。生きづらさを解消したいならいち早くその原因に気づくべきだ。

幼少期の親との関係で自己肯定感が低下する

HSPと発達障害とは異なり、精神疾患に分類される「複雑性PTSD」も生きづらさを生む要因とされている。「阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件の後に「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」が広く世に認知されましたが、命に関わるようなトラウマ体験に遭遇せずとも、家族との不遇な関わり、いじめなどを体験することで、本人の自覚のないうちに心に深い傷が残ることがあります。こうした傷が積み重なると、他人への恐怖感や不信感、自己肯定感の低下に繋がることも。これを「複雑性PTSD」と呼びます」生きづらさの要因になる複雑性PTSDは、親の離婚、厳しいしつけ、恋人との離別、親友の裏切り、教師からの過度な叱責など、誰もが経験しうることが原因で引き起こされることがあるという。大手メーカーに勤める竹井正博さん(仮名・歳)も複雑性PTSDによる生きづらさを感じる一人だ。「物心つく頃から、家で両親がしょっちゅう喧嘩していて、子供ながらに親の機嫌をうかがいながら怯えて暮らしていました。さらに母からは『お父さんみたいにならないよう頑張って勉強しなさい』と口酸っぱく言われ、テストでいい点が取れないと叱責される毎日。『いい息子を演じ続けよう』とがむしゃらに勉強していました」
おかげで学生時代の成績は常にトップクラス。友人もできたが、竹井さんは「本当の意味で人と心を通わせたことがない」と語る。「いつ相手の感情の矛先が自分に向くかわからないので、笑っていてもビクビクしているし、人を深く信頼できません。それに幼少期から『こう言ったら相手が喜ぶだろう』人からこう見られなきゃいけない』とその場その場で取り繕うようなことばかり考えていたので、ときどき自分の感情がわからなくなるんです」
大学を卒業後に有名企業に就職。順風満帆な経歴を送ってきたが、「だましだまし生きている」という感覚は日に日に強くなっていた竹井さん。入社4年目、上司からの叱責で「何かが壊れた」という。「強い叱責ではなかったと思うんですが、ふと涙が溢れもう俺は社会でやっていけないな』と感じたんです。翌日には退職届を出し、引きこもるようになりました」
その後何度か再就職するも、人間関係や仕事がうまくいかなくなるたびに自分を責め、フェードアウトする道を選んできた竹井さん。現在は失業保険で生活を送る身だ。「親にはそんな現状をまだ話していません。まだ理想の息子。でいたいのかな......」
「誰の心にもトラウマになりうる過去はある」という坂本氏。生きづらさを克服するためには、自覚のないまま放置された過去の心の傷と向き合う作業も必要なのかもしれない。

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